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きたやまおさむ/加藤和彦 ; ありがとう お母さん2006.11.09 Thursday
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NHK「おかあさんといっしょ」(教育テレビ;午前8:35〜、午後4:20〜)の「今月の歌」に、きたやまおさむ作詞、加藤和彦作曲の(たぶん)新作「ありがとう お母さん」が登場して数日経った。彼らの新譜を聴くのは、本当に久しぶりだよおっかさんである
。
一聴して、名曲だと思う
。お父さんは感激である。朝の子供たちの世話は僕の担当なのだが、楽しみが増えた。
さすがというべき作詞者・作曲者は1960年代末に一世を風靡したあの伝説のグループ、フォーク・クルセイダーズ(フォークル、正式表記は「フォーク・クルセダース」)の名コンビである。
加藤和彦のメロディ・アレンジは、定石ながら、閉所恐怖症のない伸びやかなメロディーと、夢見るような感じの山下達郎・高中正義系ポップチューンのノリで酔わせてくれる。きたやまおさむの詞は、豪速球の直球ど真ん中ストレートな愛の吐露であり、子供からお母さんへのラヴソングといったテクスチャー(肌触り)が、凡百の幼児向けソングに屹立する“胸キュン度”で、一聴に値する出来になっている。
「あなたなしでは生きてゆけない。 I can’t live without you.」なんていう恋愛の常套句は、なるほど、実は母と子の関係にこそふさわしい言葉だと気付かせてくれる歌詞である。目からウロコです。
タカラジェンヌ出身の“うたのおねえさん”はいだしょうこと、劇団四季のミュージカル俳優出身の“うたのおにいさん”今井ゆうぞうの歌唱も、優等生的ではあるが、もちろん完璧。
・・・ただ、これを加藤和彦の、あの独特のエロキューションのヴォーカルで聴いてみたいと思うのは、僕だけではないだろう。
なお、幼い子供たちは、必ずしもこの曲を喜んでいない。むしろ、嫌がり、やや怯えてさえいる(笑)。実は、子育てをしているとこういうことはしばしばある。僕ら大人が聴いていいなと思う曲には、一定の緊張感・緊迫感、研ぎ澄まされた美しさがあり、それが幼児の耳で聴くとコワイらしいのだ。
この曲も、おにいさんおねえさんがいつになく緊張の面持ちで歌っており、それが伝わったようだ。ある意味では、子供たちの耳がいい証拠といえるかもしれない。
一般的に、教育的配慮の行き届いた幼児向けの歌というと、やはり表現としては大きな制約があり、片肺飛行になりがちと思われるが、時々、その規矩を突き抜けてこちらの魂に届き、胸震わせる名曲が出現してきたのも見やすい事実である。
野口雨情「赤い靴」、「赤とんぼ」、「シャボン玉」、「証城寺の狸囃子」とか、現役の文部官僚であった高野辰之の手になる「朧月夜」、「紅葉」、「故郷」、「春がきた」、「春の小川」、「虫の声」などの天才的な作品群、中村雨紅の不朽の名作「夕やけ小やけ」、さらにいちいち書かないが北原白秋やサトウハチローの作品群などは、もはや日本人の魂のふるさとともいえるスタンダードナンバーである。
きたやまおさむが、’60年代から一貫して追求してきたのも、こういった湿潤な、おしぼりウェッティでセンティメンタルなロマンティシズムであり、日本人の心の奥深くに放置されがちなこうした素朴実在的な情緒纏綿さである。
きたやまおさむって人は本当に変わった人だと思う。知ってる人は知ってるだろうが、著名な精神分析学者で九州大学教授の北山修氏と同一人物であることは、隠れもない事実である。 すばらしい創造者であり頭もいいのだが、本質的に変人であり、反時代的異端者であり、どこまでも夢追い人のさすらいびとである。
しかも、僕の見るところ、この人にはいい意味でも悪い意味でも“照れ”がない。普段の話し方などでは“露骨さ”を嫌い、含羞・恥じらいを感じさせつつも、いざ詩的表現の場(トポス)においては、全く臆面がなく、堂々としている。あんたが一番ロコツなんだよと、突っ込みの一つも入れたくなるのである。
“キザ”というのとは少し違うと思うのだが、いわゆるステレオタイプな情緒を含め、普通の大人だったらとても書けないだろうと思われるような、オケツがこそばゆくなるようなおセンチな詩やら、逆に誰もバカバカしくて思いつかないようギャグを平気で書いたりやったりできるのが、最大の個性であり特徴である。フォーク・クルセイダースの代表曲とも目される「帰ってきたヨッパライ」をはじめ、あの突拍子もない発想の数々は、今思うとやっぱりきたやまのカラーだったんだなと思われる。
決して、腐しているわけではない。
詩的表現やその他表現一般に興味を持つ者にとっては、まことに範とすべき資質である。
照れていては、何も書けず、何もできない。
四の五の言う前に、まず表現することだ。
自己アセスメントや反省はその後でいい。
我々の世代には、まさにナツメロそのものである。
遠い昔、僕たちが思春期に差し掛かったころ、フォーク・クルセイダースはすでに解散していたが、加藤はサディスティック・ミカバンドなどで瞠目すべき活躍を見せ、北山は作詞家として驚くべき名作の数々を量産しつづけた。二人とも、短期間ながら、天下を取ったといって差し支えなかろう。その後のポピュラー音楽シーンに与えた影響は計り知れない。
・・とは言っても、同窓会とかでカラオケで歌うのは勘弁してほしい。
ジョン・レノンならいくらでも歌っちゃうから
。
親友K(お前のことだよ!!)はやたら歌いたがるが、・・・
命かけてと誓った日から
素敵な思い出残してきたのに
あの時同じ花
を見て美しいと言った二人の
心と心が 今はもう通わない
あの素晴らしい愛
をもう一度
(「あの素晴らしい愛をもう一度」北山修作詞・加藤和彦作曲)
・・・な〜んていう歌詞を、40ヅラしたいいオヤジが、恥ずかしくって肩なんか組んで歌えないっての!!!
泥酔
すれば歌えるかも知れんが、それはそれでみっともないだろうし
。
ところで、きたやまと加藤の友情関係も、いったいどうなってんだろうと、オールドファンとしてはいぶかしまずにはいられない
。
加藤和彦って人は、音楽的才能はものすごいものがあるし、特に若いころはルックスもカッコ良かったのだが、文学的才能、すなわち作詞能力がないようである。さらに、どうも人徳がないのか何だか知らないが、初代サディスティック・ミカバンドのミカには去られ、ドラムスのつのだ☆ひろに去られ、ギターの高中正義に去られ(今思うと、すぎょいメンツだす)、作曲家としては多少の実績は残したが、長い間何をして食ってるのかよくワカランという感じもあった。この人のことだから、霞を食って生きていたのかも知れないが、いつまでも未完の大器という憾が拭えなかった。
その間、あれよあれよという間に北山は天下の旧帝大の大学教授になってしもうた。加藤の方は、なんかやる気を失ってたようにも見えた。
最近は“ミカ役”に、人気絶頂の木村カエラを迎えてミカバンドを再結成するなど、再びヤル気を出してるようなので、大いに期待しているところである。
この人が妙に考えすぎずに本気を出せば、まだまだ凄いポテンシャル・エナージーを秘めてると思うんだけどね。
それにしても、端田宣彦(はしだのりひこ)はどこへ行ってしまったんだ?
・・・いわく人生、奇妙奇天烈摩訶不思議。
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2006/11/10 8:37 AMはじめて知ったのは小学校のころです。 グランドで歌を歌っているところを笑われました。 ショックでした。 それから歌う事に対して抵抗を感じる自分がいました。音痴矯正プログラム
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